大学で出会ったシュルレアリスムとジャズ。すべての経験を、「誰か」に伝わる創造に

掲載日 2025/00/00
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株式会社電通 映画監督
文学部 フランス文学科 2007年卒業
長久 允

OVERTURE

広告代理店で勤務しながら映画監督、脚本家、演出家、CMプランナーとしても活動している長久允さん。自身が脚本・監督を手掛けた映画作品『そうして私たちはプールに金魚を、(2017年製作)』『WE ARE LITTLE ZOMBIES(2019年製作)』は、それぞれアメリカのサンダンス映画祭で賞を獲得しました。映像や音、言葉の予定調和をあえて崩し、そこから生まれる独自の表現で多くの観客を魅了しています。国内外で注目を集める長久さんは、学生時代に受けた数々の刺激を大切にしながら、自分ならではの表現を磨き続けています。

フランス文学科での学びが、現在の創作活動の基盤になる

普段は広告代理店の社員として勤務しており、海外メディアのドラマやミュージックビデオの監督、さらに映画監督や演劇の創作にも携わっています。自分が持つ映像や言葉のスキルを通して、世の中にメッセージを届ける仕事と言えるかもしれません。
青山学院には中等部から通い、大学進学時にはやりたいことが決まっていませんでした。「シャンソンが好きだから」という理由で文学部フランス文学を専攻しましたが、この選択が結果的に作品を含めて今の自分を形成している多くの要素と出会いをもたらし、私の人生を決定づけたと感じています。その中でも特に影響を受けたのが、意識的で作り上げた完璧な美ではなく、無意識や不安定な状況から生まれる独特な表現を追求する「シュルレアリスム」です。非効率で無駄に思えるものや不可思議な組み合わせに美徳や尊さがあるという価値観に強く惹かれました。
映画の魅力に気づいたのは、ゼミナール(ゼミ)の先生のおかげです。実はそれまで特別な興味を持っていませんでしたが、ゼミではフランスの哲学者のジョルジュ・バタイユの作品を研究していたため、映画に造詣の深い先生が実にさまざまな作品を紹介してくださいました。今振り返ると、本当に良いセレクトで、自分の心の中にだけしまっておきたいほどの大切な作品群です。先生は学生に対しても、単なる受講者ではなく芸術系を志す同志として接してくださり、その姿勢に大きな刺激を受けました。だからこそ私自身も映画を製作してみたいという気持ちがより高まったのだと思います。
また、課外活動では、青山連合会のロイヤルサウンズジャズオーケストラに所属しました。古くから先輩方が受け継いできたコアなジャズの伝統を守る活動をしており、当時はジャズを演奏しながら、不協和音が持つ独特の魅力にのめり込みました。正しく美しいものよりもノイジーでカオスなものに心が動く瞬間があると実感し、この感覚が今の創作活動の基盤になっています。

営業職からCMプランナーへ。
それでも満たされない思いを一本の映画に詰め込む

青山学院大学の大きな魅力の一つは、日本の文化の中心ともいえる渋谷に青山キャンパスがあることです。ミニシアターが多く集まる青山キャンパス周辺の環境も影響し、在学中から映画監督を志すようになりました。「1・2年次で修得できる単位は1・2年次でほぼすべて修得していたこともあり、ダブルスクールに通いながら映像について学びました。忙しい日々でしたが、どちらも好きなテーマに取り組んでいたので全く苦にはなりませんでした。そのまま就職活動でも映像監督を目指しましたが、インディーズフィルムでの受賞経験もなく、「映画を撮りたい」という思いだけでは乗り越えられない高い壁を痛感じ、苦戦するうちに自分には映画の才能はないのだと諦めて、元々興味のあった広告会社で働くことを決意して最終的に株式会社電通の営業職に就きました。

2017年サンダンス映画祭上映時

意外にも営業の仕事は自分に合っていたようで就職後はやりがいに満ちた日々を送っていましたが、それでも映像に携わりたいという気持ちを抑えられず、社内試験を受けてCMプランナー職に異動してコマーシャル制作を10年余り続けました。次第に広告というフィールドでは自分のやりたい映像表現はできないと感じ始め、大学で学んだシュルレアリスムの世界のように、不可思議な組み合わせによって得られる美しさや尊さ、言語化できないものに言葉では表せないものの持つ魅力を表現したいと思うようになりました。そんな時に思い切って有給休暇を利用し、短編映画を撮影することを決意したのです。期間はわずか10日間。趣味で書きためていた脚本の一本を使い、商業的な目的や賞を狙うのではなく、大学で学んだ価値観や社会に対し「こういう映像があってもいいのではないか」という自分の思いを詰め込みました。こうして完成したのが、第33回サンダンス映画祭で短編部門グランプリを受賞した『そうして私たちはプールに金魚を、』です。「このスタイルで映画を作って良いのだ」と確信を得る転機となりました。

無意味に思えるものや、説明しづらいものに価値があると伝えるのは容易ではありません。しかし、それこそが映画を作る際には欠かせない要素だと考えています。特に映画製作の資金を集めるには、なぜ必要かを言語化しなければなりませんが、このスキルは営業経験を通じて培うことができました。また、私が映像を「気持ちを動かす機能」と捉えているのは、CMプランナーを長年務めていたからこその視点です。どのような仕事も決して無駄ではなく、すべてが自分自身の血肉となっています。

行き場を失い悩んでいる子どもたちに、「大丈夫だよ」と伝えたい

映画には、聖書と通じる力があるとも考えています。聖書の一節がふとした瞬間に胸に迫るように、一言のセリフが心に留まるような作品を世に送り出したいと思っています。「映画の中に置いておくからもしよかったら使ってね」という気持ちで作品をつくっています。

何事に取り組むにも、常に根底にあるのは「誰かのために」という意識です。クライアントの企業がより良い方向へ進むために、自身の知識と経験を生かせるこの仕事に喜びを感じています。社会の役に立ちたいという願いは、青山学院のスクール・モットーである「地の塩、世の光」とも重なる部分があるのではないでしょうか。小さな行動の積み重ねが、大きく世界を変えていくと信じています。いずれは会計士として、そして一人の人間として社会貢献への思いを形にすべく、これからも邁進していきます。

2017年サンダンス映画祭上映時

私が映画を製作するときの原動力は、未熟な社会制度が生むマイノリティの苦しみに対する「怒り」です。世の中を少しでも良くするために可能な手段が映像であり、映画でした。電通に入社してさまざまなソーシャルイシューを知り、常に世間の声に耳を傾ける仕事をしてきたからこそこの視点が芽生えました。さらに、娘を持つ親としても子どもたちの気持ちを決して否定してはいけないと考えています。
『そうして私たちはプールに金魚を、』は実話を基にした作品です。ある中学校で、4人の女子中学生がプールに金魚を400匹放った事件。当時ニュースで少し話題になりましたが、彼女たちはメディアに取り上げてほしいとは微塵も考えておらず、きっと何か強く感じるものがあり、それを行動に移したのではないでしょうか。その思いを形にして残したい——そんな勝手な使命感に突き動かされて生まれた作品です。

GUCCIのショートフィルム映像撮影時

高校生の皆さんには、「今あなたが感じている怒りも不安も楽しいという感情も、全部が正しい。決して他人に否定されるものではない」とメッセージを送ります。すべての経験は自分の血肉になります。だからこそ、辛いことがあってもどうか前向きに生きてほしいと願っています。そして、今、行き場を失い、悩んでいる子どもたちには「大丈夫だよ」と伝えたいです。私の作品は、もともとマイノリティに向けて発信している自覚があり、クラスにたった一人いる「あなた」へ届けたいという思いが根底にあります。理解したい、救いたいなど、そんなおこがましいことは考えておらず、マイノリティが抱える課題について学ぶ姿勢はあっても、決して「わかったつもり」にならないように自戒しています。
現在は、次の長編映画を製作している最中です。今後はより多くの人に作品を届けるため、海外での活動も視野に入れています。メッセージを伝える方法として最善だと判断すれば、AIをはじめとした新たなテクノロジーも積極的に取り入れるつもりです。人生を懸けて、映画という形を通じて、虐げられている『誰か』の声に寄り添っていきたいと考えています。

卒業した学部

文学部 フランス文学科

青山学院大学の文学部は、歴史・思想・言葉を基盤とし、国際性豊かな5学科の専門性に立脚した学びを通じて、人間が生み出してきた多種多様な知の営みにふれ、理解を深めることで、幅広い見識と知恵を育みます。この「人文知」体験によって教養、知性、感受性、表現力を磨き、自らの未来を拓く「軸」を形成します。
フランス語はヨーロッパ文明を築いた美しく理性的な言語です。フランス文学科では、初学者にも既習者にも配慮した学習環境を整えています。1・2年次の集中的なカリキュラムでフランス語の基礎力をしっかりと身に付け、その後に多彩な演習と特別講義で知識を深めます。専門分野は「文学」「語学」「文化」から選択でき、実践的なフランス語能力の習得と、国際社会で活躍できる優れた人材の育成を目指します。

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